cafe 螢明舎 下田荘一郎さんインタビュー

変わらずここにあり続けるカフェ

JR「本八幡」駅からほど近いビルの2Fにある「cafe 螢明舎 八幡店」。カフェの世界では名高い存在で、本八幡が誇る名店である。オーナーである下田荘一郎さんは、この場所で約30年、こだわりのコーヒーを丁寧に淹れ続けてきた。木の温もりと柔らかで落ち着いた空間には、大切に育まれてきた長い時間が流れている。螢明舎は、作家・村上春樹氏との縁がある喫茶店で、氏のエッセイの中にも登場している(※1)。また、大自然と動物を撮影するカメラマンとして世界中から賞賛を浴びた故・星野道夫氏もこの店をホームグラウンドとしていた。取材の日も、著名なミュージシャンが楽しそうにコーヒーを飲んでいた。お店があるのは、古くから発展してきた街・本八幡。文化人も好むこのカフェの魅力と、本八幡の街についてお話をうかがった。

「cafe 螢明舎」をオープンされたのはいつ頃ですか? オーナーご自身はカフェをされる以前は何をされていましたか?

コーヒー
コーヒー

僕自身はもともと画家として活動していました。展覧会を中心にアルバイトやら絵画教室などで生計を立てていましたが、暗中模索の日々でした。そんな折に縁あって、当時の「谷津遊園」のそばで喫茶店を開くことになったんです。それからしばらく絵筆を置いて、喫茶店経営とコーヒーの修行に入りました。出発点はそんな感じだったのですが、いつの間にか嗜好品としてのコーヒーの奥深さに魅せられ、本気モードに入っていました。そして「フレンチスタイルの珈琲屋」という、かなりディープな分野に辿り着いたんです。1982(昭和57)年に谷津店を開き、数年後に、ここ八幡店を開きました。

看板
看板

初めは画業と喫茶店の両立を考えていて、その頃「ジャズ喫茶を経営しながら作家をしている」という人を知人から紹介されて、そのお店に行ってみたんです(※2)。その人が当時まだ小説家デビュー前の村上春樹さんでした。お店の感想は、手造り感のあるジャズバーといった様子でした。そして「自分にもできないはずがない」と意を決したんです。その後、当時、習志野に住まれていた村上さんが何度か「cafe 螢明舎(谷津店)」に訪ねてくれ、エッセイにも螢明舎のことを書いてくださいました(※3)。

「cafe 螢明舎」とは一言で言えばどのようなカフェですか?

コーヒーを入れる下田荘一郎さん
コーヒーを入れる下田荘一郎さん

自分の中では明確なコンセプトは有るのですが、それは口にするのではなく、お客様がどのように感じてくださるかではと考えます。もちろんコーヒーを生業としている以上、味への探求は日常的であり、古典的な素材選びから淹れ方、フレンチスタイルを貫いています。

フレンチスタイルとはオールド・ビーンズ(エイジング・ビーンズ)を使用し、ドリップにはフランネル(布)を用いて珈琲を抽出します。一杯取りで5分程度、それ以上は10~25分程度を要します。職人の育成など手間のかかるスタイルゆえに、現在では絶滅危惧種の分野かもしれません。それまでアラビアンスタイル(煮出して上澄みを飲む)であった濁った珈琲を、布で濾過することによって、澄んだ、コクの深い珈琲へと進化させたのが16~17世紀のフランス人でした。

フランネル(布)を用いたドリップ
フランネル(布)を用いたドリップ

専用ポットでデキャンタージュすることで、ボディーの立ち上がりを待ちながら味を落ち着かせます。そして香りの変化のタイミングを見計らって最良の状態でお出ししています。そうすることで雑味のないまろやかな味わいとなります。中世フランスに開発された様式を踏まえつつ、より単純に磨き上げること、これが螢明舎の仕事です。

おすすめのコーヒーなどを教えてください。

りんごとバナナのタルト
りんごとバナナのタルト

やはり、ブレンドが命です。「ロア・ブレンド」はソフトなタイプ(コクとやや酸味を帯びた甘味)。「ケア・ブレンド」はストロングなタイプです(コクに苦味が調和した甘味)。初めてであれば「ロア・ブレンド」がいいと思います。お菓子に合うのは「ケア・ブレンド」ですね。珈琲とお菓子のマリアージュも是非お試しください。コーヒーに合わせてメニューをご用意させていただいておりますので、ハーモニーを楽しんでいただけたら幸いです。

コーヒーのバリエーションのほか、紅茶やグラスワイン、ジュースなどもあります。コーヒー以外のドリンクをオーダーされても、おかわりの場合、ブレンドは300円でお出ししています。キッシュプレートなど手間暇を大切に軽食メニューも用意させていただいています。

キノコとベーコンのキッシュプレート
キノコとベーコンのキッシュプレート

※取材の日、出していただいたのは「キノコとベーコンのキッシュプレート」と、「りんごとバナナのタルト」。どちらも手作りで、キッシュプレートは、キッシュ、ラタトゥイユ、クスクスが盛られたプレートで、ボリュームがありお腹が空いている時にもぴったり。

インテリアなどでこだわっていることはありますか?

カウンター席
カウンター席

たくさんありますが、八幡店の場合、この7メートルのカウンターです。職人さんは店内に入れるのにとても苦労しました(笑)。サイドボードは、ロダンの「カミーユの首・習作」を飾る為にデザインしました。星野さん(※4)持参のエッセイや写真集も納めています。僕自身はお店自体をオブジェ、自分の作品だと思っています。

こちらは星野道夫氏など著名な文化人にも愛されていますが、なぜでしょうか? また普段はどのようなお客様が多くご利用されますか?

温かみのある内観
温かみのある内観

私自身は特に意識してはいないのですが、コーヒーを触媒にして、イマジネーションを湧き起こすことが出来たらいいなと考えています。コーヒーにはそういう力があると信じています。ご贔屓のお客様には、ご自分の世界観を持った人が多くいらっしゃるような気がします。そして「螢明舎」という価値観を共有してくださる人たちがご来店下さっていると思います。子育て中のお母さんでも、ここで本を読むために時間を作ってくれる人、自分の時間を堪能される……そういった方にご利用いただいているのではないでしょうか。年齢層は幅広く、高校生からご年配の方々まで満遍なくといった感じです。お子様と一緒に来店することを気にされる方もいらっしゃいますが、走り回ったりするのでなければ、お子様連れでもOKですよ。

本八幡というエリアについてお聞かせください。本八幡の街はどのように移り変わってきたのでしょうか。

外灯
外灯

とても良い街だと思っています。市川市は昔から東京の名士たちの別荘地だったので、東京との繋がりや歴史が深い。お屋敷のような邸宅がたくさんありましたし、今も残っています。松の木を大切にした景色が情緒的な市川エリアの中で、本八幡は文化の発信地でもあったんです。(お店を出した1980年代頃は)京成線の特急が停まる「京成八幡」駅にあった「京成百貨店」が、とても賑わっていました。映画館もいくつかあって、市川に住むたくさんの人たちが八幡エリアに買い物や娯楽に来ていたんです。映画館のあった当時は、戦後の名残りを汲んだ賑わいが印象的でした。

今の本八幡はどのような印象でしょうか?

JR「本八幡」駅
JR「本八幡」駅

今は、戦後の面影が消えて、近代的な便利さを持つ街に変化しましたね。すごく暮らしやすい街だと思います。JR・地下鉄・私鉄と駅が3つあって、ほとんど雨に当たらずに乗り換えられる。高速道路のインターチェンジも近い。外環(東京外環自動車道)ができたらどこへでも行けて、もっと便利になるでしょう。利便性の高さは相当なものだと思います。もともと便利な場所でしたが、街の変化の早さというのはすごいですね。コルトンプラザとか、ああいったものができるのも早かった(※5)。

レトロカーの置物
レトロカーの置物

昔から市川に住んでいる方々は、かつての街の記憶を持っていますし、新しく住まわれた方々は近代的な本八幡のイメージを持っている。お客様を見ていると、そのふたつの価値観があるように感じます。

今後、「cafe 螢明舎」はどのようなカフェでありたいとお考えですか?

テーブル席
テーブル席

うーん、なんだろう(笑)。長くやっているので言葉にしづらいですね。何も変わらないことを心がけています。変えない・変わらない。努力をしないときちんととどまってはいられないですが、街も、人も、モノも、価値観も、あっという間に変遷していきます。そんな中、螢明舎は変わらずここにあり続けたいと思います。

 

※1 訪れたのは一号店の谷津店。
※2 今では伝説となっている千駄ヶ谷のジャズ喫茶&バー「ピーターキャット」
※3 書籍未収録の小エッセイ。そこから短編『カンガルー日和』に通じる縁に繋がった。
※4 星野道夫氏は千葉県市川市生まれで、現在も実家は市川市にある。アラスカの大自然と対峙して動物を撮影する偉大なカメラマン。1996年にヒグマの事故により急逝。
※5 「ニッケコルトンプラザ」。現在の複合商業施設のはしりで、1988年に完成。今も多くの家族連れで賑わう。

変わらずここにあり続けるカフェ
変わらずここにあり続けるカフェ

cafe 螢明舎(八幡店)

下田荘一郎さん
TEL : 047-336-3545
営業時間:10:00ごろ~23:00ごろ
定休日:年中無休
※この情報は2014(平成26)年7月時点の取材を元に制作しております。